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アカデミー賞ビンタ事件

ウィル・スミスがアカデミー賞の授賞式で、妻を侮辱したプレゼンターのコメディアンに平手打ちをした、というニュースを見たとき、私は(自分のためにそこまでしてくれるなんてめちゃ素敵!)と思った。

日本では私のような感想も少なくない、というか、どちらかというとコメディアンの方への批判のほうが多いように見えたが、欧米では完全にウィル・スミスが悪い、という評価なのだと聞いて、日米の価値感の違いってこうも極端なのか?と失望にも似た思いがしていた。

しかし、アメリカの文化に詳しい日本語話者による解説などをYouTubeで見ていると、どうもそうではないらしい。

まず第一にこのコメディアンのクリス・ロックがめちゃ有名人ということ。日本でも有名なのかもしれないが私はまったく知らない方で、一方ウィル・スミスは知っている。日本では好印象な方だと思う。

そしてクリス・ロックはスタンダップ・コメディアンなので、他人を辛辣なネタにするのが芸風であること。日本のお笑い芸人にもそういう人はいっぱいいる。とくに格下に対するそういうブラックジョークは、言われた側が「いじって下さった」とうまく受けることが、その後の起用に繋がったりする。私が日本のお笑いを見なくなった理由の一つでもある。

さらに、ウィル・スミスと妻のジェイダさんのこれまでのゴシップなどから、二人は表面上の関係だという印象を多くの人が持っていたこと。なので何も知らない人からは、愛する妻を侮辱されて怒りが抑えられなかったんだろう、と見えるところ、そんなことでウィルが動くわけがないという判断になる。

それを知った上で問題の映像を見ると、たしかに最初はウィルもプレゼンターのジョークに笑っていた。アメリカにもやっぱり「笑うとこ」というような文化はきっとあって、たいして面白くないギャグでも笑うとこだからみんなが笑い、それに合わせてウィルも笑える程度の印象しかなかったということだと思う。

ところがいじられている本人である妻を見ると悲しそうな顔をしていた。そこでどういう判断が働いたのかまではわからないけど、ウィルが行動に出たのはそのためだった。つまり妻本人も笑っているとか呆れた顔をするとかしていたらウィルは何もしなかっただろうと思う。

日本では、妻は脱毛症を公表していたのにそれをいじったコメディアンが悪い、というイメージを受けるニュースが多いけど、どうもそれは真相のごく一部でしかなく、たしかにひどいジョークではあるけどただちょっと度が過ぎて滑っているだけだったのに、ウィルがジョークに心底腹を立てたわけでもないのにハレの場であってはならない言動をしたことにがっかりしている、ということらしい。

どんな状況でも暴力はダメだ、と言う人もいるけど、愛する人を侮辱した相手に平手打ちを食らわすことも「暴力」なのかは、私には違和感があるところで、これがグーで殴っているなら明らかに暴力だと感じるけど平手打ちでそこまで言わなくても、とは今も思う。

でもウィルはおそらく愛ゆえに取った行動ではなく、それを薄々感じる素地のできている文化圏から見ると、興醒めな行動だったというのも納得がいく。

映像を見ると、クリス・ロックは平手打ちを食らったことについてもしっかり拾ってその場を収拾していた。なるほど大人な対応だし、それに引き換えウィル・スミスはハレの場を台無しにするという大人げない行動を取ったわけで、ウィルのほうが批判されるのもわかる気がする。

アメリカ人と日本人の間には、文化的な違いから特別に感性の違いがある、というわけではなさそうで、少し安心した。

ただ背景としての情報が違っているだけなのだろう。とは言えそれが誤解のもとになるのも確かだ。お互いが理解できないと思考停止してしまったら、それ以上歩み寄ることも難しくなる。

よくよく相手の事情を知ることはやはり大事だなと思った。そしていくら正しい反応であったとしても、TPOをわきまえる、ということは、新しい時代でも当たり前に求められるものだな、とも思った。