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丹田とチャクラのこと

昨年の終わり頃から「道教学んだらよろしいんちゃう」という声が聞こえていた(というのは比喩で、そのように天から呼びかけられているような気がしてならない、の意)ところ、先日あるきっかけがあっていよいよ学ぶことにした。と言ってもちょろっと入門書を読む程度のことである。

なぜだか同時に「チャクラ」についても学び直したほうがいいような気がして、そのためにヒンドゥー教の入門書も読むことにした。岩波新書の10講シリーズ、まったくありがたい。

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並行して読んでいたんだけどまずは道教をサクッと終わらせることにした。今日は第3講、中国古代の心身の捉え方についての話。最後の方で、丹田の話が出てきた。

丹田とは、不老不死をもたらす「丹」を生み育てる場所のことで、身中に3つの丹田がある。臍下2寸4分を「下丹田」、「心下絳宮金闕」を「中丹田」、両眉の間から3寸「却行」したところを「上丹田」という。

と読んで、これはチャクラでは?と思い検索したらやはりその通りのようだ。

興味深いのは、下から第2、第4、第6のチャクラであるっていうこと。奇数を飛ばしてる。

そして気になるのは、この思想はヒンドゥー教やインド哲学とのなんらかの接触があって生まれているのか、インドと中国、それぞれに独自に生まれているのかっていうところ。きっと既にそういう研究ってされていると思うけど、サクッと検索しただけではよくわからなかった。

もしどちらかから輸入された思想なんだったらそれはそれでじつにありそうな話だけど、それぞれ独自に生まれているのだったらなおのことチャクラや丹田、ツボとか経絡とか、そういう目に見えない領域の、身体とエネルギーをつなぐスポットとして、古代から着目されていた、ということになる。


精神世界について深く探究しよう、と決めた時、最初にかかった呼び声は(冒頭のやつ)、「チャクラの勉強しはったらよろしんちゃう」だった。「チャクラ」という単語が私にくどいほど訴えかけてきていた。それで本を何冊も買って読んではみるけど全然進まない。なんでってやっぱり結局、言っちゃうけど「おもしろくない」からだと思う。

そして見るべきところじゃないところに注目している感じがすごくする。そういう部品的なところに着目するより、今目の前にあるもの、人、自分の感情、周囲の状況に真摯に向き合い、親切に対応することが先じゃないのか、人生はテクニックじゃないだろ(愛だろ、愛)、という思いが湧いてきてしょうがなかった。

それは占星術の勉強をしているときも同じだった。最初は面白いんだけど、続けるほどに焦点を当てるべきところじゃないとこばかり見ている感じがしていた。

でもどちらもきっと私の基盤を成すものになるために出会い、学ぶ気になったのだと思う。それらはお金を運んできてくれるほど成長しないかもしれないけど、「やっぱキーポイントやん、どっちも」という感じがひしひしとしている。

[14:35]